ども、
稀見理都です。
作家のよりどころでもある、4年に1度の2月29日もあっという間に過ぎ去り、もう3月です。そろそろ本気を出していい頃かと思いますw
さて、今回のコラムは以前「
ペンギンクラブ 通巻300号」の時に行った企画同様、ワニマガジン社の看板美少女雑誌「快楽天」が、このたび通巻(通姦)200号を迎えたという事で、そのお祝いではありませんが、快楽天の今までの簡単な足跡を述べさせていただければと思っています。
■ファンにはたまらない嬉しい記念特集号!!
ペンギンクラブ300号の時は、特に雑誌自体で何の特集もなく、ちょっぴり残念だったのですが(と言っても、
編集部が変わったりしているので、なかなか難しいことも承知)、今回の「快楽天」の200号は、何とも豪華な特集号です!
なんと言っても豪華なラインナップに、400ページもの大ボリューム!(表紙も箔押しでキラキラしてます!)
しかもファンには嬉しい、創刊号からの全ての表紙がリストアップされ、初期ファンには嬉しい
「村田蓮爾」先生のピンナップ入り!!
| 見よ!これが「快楽天」の全ての表紙だ!!(じゃないのもあるけど) | |
200号全てを網羅した、この表紙をカラーで特集! なんという、
私得な特集でしょうw
しかも、プレゼント企画では、各号に表紙イラストレイターのサインを入れてプレゼントという太っ腹さ!(でも、半分は村田蓮爾先生なので、先生が一番負担??)
でも、ちょっと待てよ?? よく見ると、この表紙リスト200冊より多くないか?
縦10x横21あるので、計210冊で更に欄外に1冊なので計211冊載っていることになります。これは一体どういうことでしょう?
ま〜これは種を明かせば簡単なことで、独立創刊号から数えて200号なので、正確には「快楽天」というタイトルで発行された雑誌は、
独立創刊号以前にも発行された11冊を含めて211冊になるわけです。(ただ、このリストには200号は載っていないので、1冊だけ陽気婢先生特集号が混じっています)
■1994年に「快楽天」の歴史が始まった!
「快楽天」のVol.1号が発行されたのは1994年の9月、当時ワニマガジン社の看板エロ漫画雑誌であった「エロトピア」増刊として創刊されました。
| 「快楽天 Vol.1 1994年9月号」(ワニマガジン社) | |
表紙は当時まだ新人作家&イラストレイターであった「村田蓮爾」先生を起用。え? サインらしきものがあるけど…。これはあとで説明します(^_^;
1994年といえば、今から18年前です。今18歳になりようやくエロ本が堂々と読める人が生まれた年ですよ。
簡単にどんな年か思い出してみると、細川首相が辞任して急遽発足した、もう誰も記憶に残っていない羽田内閣がドタバタしていた頃、松本サリン事件が起き、ビートたけしがバイクでこけた頃ですよw
そんないろんなものが起きたりこけたりした時期に、この伝説の雑誌「快楽天」が創刊されたわけです。
当時の巻頭カラーは、すでに看板作家であった「陽気婢」先生!
| 巻頭カラーは、陽気婢先生の「イメージトレーニング」 | |
で、創刊号のラインナップはこんな感じでした。
現在もワニマガジンで活躍中の先生と言えば「琴吹かづき」先生と「かるま龍狼」先生ぐらいでしょうか?(村田先生ももちろんですが)
■村田蓮爾先生鮮烈デビュー!?
オールド「快楽天」ファンの方なら、「
LAST EXILE」より「快楽天」という人が多い村田蓮爾先生。もちろん、快楽天の
「顔」でも有り、この表紙に惹かれて雑誌を買い始めたファンという方も少なくなかったはずです。
そんな村田蓮爾先生が鮮烈デビューしたのが「快楽天」と思いきや、ワニマガジンでのデビューは「快楽天」の前身の雑誌「
ライジン」になります。
この号での、短編マンガでデビュー掲載されています。
イラストやピンナップと思いきや、ショートマンガでのデビューとは少し意外ですね!
さて、ライジンと言えばちょっと個人的に面白いと思った事が…
実は、もうこの号で「ライジン」の休刊が決まっていて、次号から新雑誌(ここでは快楽天)が創刊されると告知されているのですが、そこの記事に…
わかりにくいですが、赤で囲った部分です。「オール・オフセットで鮮明超美画面!」と書いてあります。
逆に言うと、
それまでのワニマガジンの雑誌は「オール・オフセット」ではなかったと言うことになります。
正直、個人的にはこのライジンと新創刊された「快楽天」の印刷の差がわからなかったのですが(両方とも古いということはありますが)、やはり印刷技術の進歩というものが、マンガ、エロ漫画に与える影響という部分で大きく変わった時期だったのかも知れません。その時期に、繊細でスタイリッシュな絵の村田蓮爾先生が現れたことは、ある意味時代の流れだったのかも知れません!
■ノスタルジー・オブ・「快楽天」
それでは、各年代の「快楽天」を簡単に振り返ってみましょう!
初期メンバーとしては、やはり陽気婢先生、ぢたま某先生、柴田昌弘先生、プロトンザウルス先生あたりでしょうか? この辺は前身の「ライジン」からの引き続きになります。(ぢたま某先生はほぼここからデビューです、詳しくは
インタビューで)
創刊号からSABE先生は飛ばしまくりでした。加藤礼次朗先生の「男根平次」も忘れられない名作です!
このあたりから、エロ漫画での1つの新しい形、スタイリッシュでエロかっこいい??新しい画風の作家、OKAMA先生、道満晴明先生などが、快楽天にまた新しい旋風を巻き起こします。
OKAMA先生と言えば、快楽天のスピンオフ?雑誌の「星組」の表紙を担当されていたことを思い出します。
世紀末も近づき、ここでも大きな新人群、「月野定規」先生「米倉けんご」先生らがデビューをはたします! 次から次へと、大型新人がデビューしある意味一番乗りにのっていた時期だったかも知れません。
この号なんて、美少女雑誌だというのに表紙が少年(え、それとも女の子なのかな?)!という、今では考えられない斬新な表紙です! こんな表紙でも十分に人を惹きつける、各作家の個性・力強さ・おもしろさがあったのがこの頃の「快楽天」の特徴であったともいえましょう。
■リニューアルされ、よりエロに磨きをかけた真・快楽天!
創刊(Vol.1)から表紙を飾ってきた「村田蓮爾先生」も、時代の流れかリニューアルに伴い、卒業となります。
2003年6月号より、みやびつづる先生、西安先生、LINDA先生、鳴子ハナハル先生の4人でのローテーションで表紙を担当することになります。
2011年より、ホムンクルス先生も表紙の担当に加わりました!
やはり時代の流れなのか、この頃からやはり、ストーリーにおけるエロの割合が多くなったような気はします。もちろん、それが悪いわけではないのです。そういう流れの変化に対応して、すばらしい快楽天を代表するすばらしい作家が、どんどんと生まれてきてきています。
ただ、エロ以外の良質なスタイリッシュ、シニカル、ギャグ、という部分としての「快楽天」というものは薄れてきてしまっていて、それに伴い離れていった読者も居るでしょう。
私は、こういう表現の変化は個人的には寂しく思うこともありますが、決して悲観的な感覚としてはとらえていません、時代とニーズが変化するにつれ、雑誌の目指す方向性、内容もどんどん変わるべきだとも思っています。
そういう
変化も一緒に楽しみ、エロマンガ全体の多様性、おもしろさというものを応援しつつ伝えていければとは思っています(`・ω・´)
あ、忘れていましたが、最初の画像(快楽天の創刊号)に書かれているサインですが、あのサインは「村田蓮爾先生」の直筆サインです(^_^;
先月たまたま先生と一緒に会食する機会がありましたので、先生に会うならサインしていただく本はこれだろう!と持って行って、サインしていただきました(^_^;
いや〜もう、緊張しまくりで、自分でも何を言ったか忘れてしまいましたが、ホント嬉しかったです。家宝にします!!
では、今度は何の記念号ですかね?
■既刊誌宣伝
エロマンガノゲンバ Vol.5
2011年12月発行 140P 1,000円 (画像をクリックすると詳細が見れるよ!)
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インタビュー特集!
その他の現場!
- トキワ荘プロジェクトに潜入!
- 「エロチャリ」は如何にして制作されたのか?
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「COMIC ZIN」さん「とらのあな」さんで委託中です。
※ 在庫がない場合もあります。書店委託は、定価より若干高めになります。
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